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東京高等裁判所 平成6年(ネ)5010号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、その販売するかつらにつき、別紙標章目録一ないし四記載の標章を使用してはならない。

三  控訴人は、右標章を付したかつら、並びにその容器、カタログ及び宣伝用パンフレットを廃棄せよ。

四  控訴人は、被控訴人に対し、金九一三九万円及びこれに対する平成四年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被控訴人のその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

七  この判決は、被控訴人勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  本件特許権侵害の成否について

一  《証拠略》によれば、請求の原因一1の事実が認められる。

二  《証拠略》によれば、本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりであると認められる。

a  柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなるかつら本体2の外面に多数の毛髪4を植設すると共に内面の任意位置に数個の止着部材3を有してなる部分かつららにおいて、

b  前記止着部材3が反転性能を有する彎曲反転部材5と、

c  該彎曲反転部材5に櫛歯状に形成連設された多数の突片6と、

d  前記彎曲反転部材5の反転運動に伴い前記多数の突片6と係脱する摩擦部7とからなり、

e  各突片6が彎曲反転部材5の反転に伴い倒伏したとき摩擦部7との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成

f  としたことを特徴とする部分かつら。

三  《証拠略》を総合すると、控訴人は、昭和六一年四月以降平成四年八月までの間、本件かつら一、二を製造、販売したことが認められる。

《証拠判断略》

四1  別紙被控訴人主張目録一及び二添付の図面(別紙控訴人主張目録一及び二添付の図面も同じもの。)、《証拠略》によれば、本件かつら一、二の各構成は次のとおり分説することができるものと認められる。(符号は別紙控訴人主張目録一及び二添付の図面による。)

(一) 本件かつら一

A シリコンにより形成された人工皮膚部分2a’とポリエステル製の細糸により編成されたネット部分2b’とからなり、表面側に彎曲するように中央部を膨出させたかつら本体2’の表面に多数の毛髪4’を植設すると共に、かつら本体2’の裏面の外周縁部に付設された四個のクリップ3’を有する女性用部分かつら1’において、

B 前記クリップ3’が、一方の支脚15’を構成する金属薄板からなるほぼL字状部材と、他方の支脚25’を構成する同様に金属薄板からなるほぼL字状部材からなっており、各L字状部材の短辺15a’、25a’を互いに逆向きにして重ね合わせ、スポット溶接することにより固着し、各L字状部材の各長辺15b’、25b’の先端に形成されている内向突片15c’、25c’を互いに内方へ引き寄せて重ね合わせ、鳩目8’を用いて固着することにより、二つの支脚15’、25’を弓形に彎曲させて反転可能とした彎曲反転部材5’と、

C 前記一方の支脚15’の内側縁から一体的にそれぞれ間隔をあけて櫛歯状に突出した八本の細長片でなっていて、その細長片の中央部6a’を立ち上がらせ、先端6b’を他方の支脚25’の長辺25b’の上方を超えて延出させて形成されている櫛歯状突片6’と、

D 筒状に形成されたビニール材7a’により他方の支脚25’をそのほぼ全長にわたって被覆しており、前記彎曲反転部材5’の反転運動に伴って前記八本の櫛歯状突片6’と係脱するようにした脚片7’と、

から構成されており、

E 前記四個の各クリップ3’は、各彎曲反転部材5’の左右両端に形成した四個の糸通し用穴9’に糸を挿通せしめてかつら本体2’裏面の内周縁にそれぞれ縫着することにより、その内の一個はシリコン製人工皮膚2a’に、残りの三個はネット部分2b’に配置してかつら本体2’に付着され、頭部へ装着した際、クリップ3’の前記各突片6’が彎曲反転部材5’の反転に伴い倒伏したとき、前記脚片7’との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成

F としたことを特徴とする女性用部分かつら。

(二) 本件かつら二

A シリコンにより形成された人工皮膚部分2a’からなり、表面側に彎曲するように中央部を膨出させたかつら本体2’の表面に多数の毛髪4’を植設すると共に、かつら本体2’の裏面の外周縁部に付設された二個のクリップ3’を有する女性用部分かつら1’において、

B 前記クリップ3’が、予めほぼU字状に形成された金属薄板の両自由端を互いに内方へ牽引して、該両自由端に形成された内向突片5c’、5d’を互いに重ね合わせたうえで、該両自由端の内向突片5c’に形成された透孔を介して鳩目8’にて鋲着することにより、一方の脚片5a’及び他方の脚片5b’を弓形に彎曲させて反転可能として彎曲反転部材5’と、

C 前記一方の脚片5a’とほぼ同一幅に形成され、鳩目6a’により該一方の脚片5a’上に三箇所で鋲着して固定された長尺の金属薄板の基部6a’を有し、基部6a’から一体的にその長辺に対して直角方向に間隔をもって櫛歯状に突出した合計一〇本の細長片でなっていて、その細長片の先端部6c’が他方の脚片5b’の上面を超えて延出すると共に、その先端部付近から下方へ僅かに傾斜していて、該先端部6c’に樹脂からなる玉状の膨出部を設けた櫛歯状突片6d’と、

D 筒状に形成されたビニール材7a’により脚片5dをそのほぼ全長にわたって被覆しており、前記彎曲反転部材5’の反転運動に伴って前記一〇本の櫛歯状突片6’と係脱するようにした脚片7’と、

から構成されており、

E 前記二個の各クリップ3’は、前記彎曲反転部材5’の左右両端に形成した四個の糸通し用穴9’に糸を挿通せしめてかつら本体2’裏面の内周縁に縫着することにより、かつら本体に付着され、かつら本体を頭部へ装着した際、クリップ3’の前記各突片6が彎曲反転部材5’の反転に伴い倒伏したとき、前記脚片7’との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成

F としたことを特徴とする女性用部分かつら。

2  控訴人は、別紙控訴人主張目録一及び二の説明欄に記載のとおり、本件かつら一の構成Eにおいて、「頭部へ装着した際、クリップ3’の上記各突片6’が彎曲反転部材5’の反転に伴い倒伏したとき、上記脚片7’との間に任意の被着部の毛髪を挟圧保持する構成」と、本件かつら二の構成Eにおいて、「かつら本体2’を頭部へ装着して彎曲反転部材5’を反転させて、櫛歯状突片6’を他方の脚片7’に直接当接させると、該櫛歯状突片6’と該脚片7’との間で任意の被着部の毛髪を挟圧保持する構成」とそれぞれ特定し、クリップの各突片が彎曲反転部材の反転に伴い倒伏したとき、脚片との間に挟圧保持する毛髪について、「脱毛部周辺の毛髪」に限定しておらず、控訴人の部分かつらは、<1>髪全体のボリューム感が喪失し、パーマのかかりが悪いといった、薄毛による美容の限界の改善のため、<2>白髪を隠すために毛髪を染めても、髪の育成により生え際や分け目の白髪が隠せず、頻繁に染めなければならない手間がかかるなどの悩みに対して、その生え際、あるいは分け目を覆い隠すため、<3>種々の髪形を楽しむためなどの美容上の目的によって使用されるものであり、被着部分の頭部には脱毛部分はなく、全体に自毛により覆われた頭部の任意箇所にこれを載置固定して使用するものである旨主張している。

前記甲第六号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、「本発明は、頭髪の部分的な脱毛状態を陰蔽する際に使用する部分かつらに関するものである。」(一欄二七行、二八行)、「部分かつらを頭部の所望位置に止着する手段としては、従来脱毛部分に直接部分かつらを止着する場合と、脱毛部分周辺の頭髪に部分かつらを止着する場合とがある。本発明は、特に後者すなわち脱毛部分周辺の頭髪つまり自毛に部分かつらを止著する場合のものに係るものであって、」(一欄三四行ないし二欄二行)、「上記止着部材3は、以上のように、彎曲反転部材5と、該彎曲反転部材5に連設され櫛歯状に形成された多数の突片6と、該突片6と係脱する摩擦部7とからなることを特徴とするものであり、櫛歯状に形成された各突片6が彎曲反転部材5の反転運動に伴い、その先端部を起伏させて倒伏状態において、その先端部と摩擦部7との間に介入する脱毛部周辺の毛髪、つまり、自毛を挟持するものである。」(三欄二九行ないし三七行)、「本発明によれば、……脱毛部周辺の毛髪つまり自毛に保持させるので激しい運動を行ったり、頭部に汗をかいたりしても容易に脱落することがない。」(四欄二八行ないし三二行)と記載されていることが認められ、これらの記載と本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件発明は、彎曲反転部材5と、該彎曲反転部材5に連設され櫛歯状に形成された多数の突片6と、該突片6と係脱する摩擦部7とからなる止着部材3を用いたことによって、脱毛部周辺の毛髪、つまり自毛を挟持することができ、それによって、脱毛部を隠蔽することができるという点に特徴が存するものであり、したがって、ここでいう「脱毛部」というのは、完全に毛髪が失われているような状態にある部分のみを意味するものではなく、発毛本数の減少や、自毛の太さや長さの減少によって頭髪が薄く見えるといったような状態にある部分をも含むものと認められる。

ところで、《証拠略》によれば、平成四年四月に控訴人から本件かつら一を購入した控訴外甲野花子は、控訴人に対し、頭頂部の髪が薄いことを説明して、本件かつら一を注文し、購入したものであり、同人の頭頂部の髪は薄いこと、同じく同年二月に控訴人から本件かつら二を購入した控訴外乙山松子も、控訴人に対し、頭の毛が薄いことを説明して、本件かつら二を注文、購入したものであり、同人の頭頂部の髪は薄いこと、控訴外丙川竹子は平成四年三月に控訴人から本件かつら二を購入したが、その際、頭頂部の毛の量が少ないので、ボリュームの出るものが欲しいといって注文したことが認められる。

《証拠略》中、右認定に反する部分は採用できない。

また、《証拠略》によれば、被控訴人から女性用部分かつらを購入する者は、約九割が頭頂部や前額部の毛が薄くなっている者であり、約一割が円形脱毛症、ダイエットによる脱毛、ストレス性の脱毛、医薬品の副作用による脱毛等に悩む者であって、脱毛状態がないのに単に種々の髪形を楽しむためなどの美容上の目的のために、高価な女性用部分かつらを購入する者は殆どいないことが認められるところ、控訴人においても被控訴人と同様の部分かつらを取り扱っているのであるから、右の点は、控訴人においても大差ないものと推認され、これに反する控訴人代表者の供述部分は採用できない。

しかして、これらの事実によれば、本件かつら一、二は、頭髪の薄い状態にあるものも含めて脱毛状態にある女性を対象に販売されているものと認めるのが相当であり、したがって、本件かつら一、二の構成要件Eにおいても、「脱毛部周辺の毛髪」を挟圧保持するものであると認められる。

したがって、控訴人の右主張を採用できない。

五1  本件発明と本件かつら一とを対比する。

(一) 本件発明は、かつら本体2につき、「柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなる」と規定しているのみで、素材について格別限定しているわけではないが、本件明細書の発明の詳細な説明の欄の「適宜肉厚の軟質合成樹脂材あるいは布材等の柔軟性に富む材料で形成された部分かつら本体2」(甲第六号証二欄九行ないし一一行)との記載に照らすと、本件かつら一のシリコンにより形成された人工皮膚部分2a’とポリエステル製の細糸により編成されたネット部分2b’とからなるかつら本体2’は、本件発明にいう「柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなる」ものに該当するものと認められる。

そして、本件かつら一のクリップ3’が本件発明の止着部材3に相当することは明らかであり、本件かつら一のかつら本体2’の表面には多数の毛髪4’が植設され、かつら本体2’の裏面の外周縁部には四個のクリップ3’が付設されている。

また、本件発明における部分かつらは女性用部分かつらを排除するものではない。

したがって、本件かつら一の構成Aは本件発明の構成要件aを充足するものというべきである。

控訴人は、「適宜肉厚」とは、最低限挟持した自毛が容易に脱落しない程度の硬度を備えた面状性、板状性を有する程度の肉厚を有することと理解されるべきであるところ、本件かつら一のかつら本体は、細い編み糸でかつ目の粗いネットであり、櫛歯状突片6’が当接すると、前後左右に編み糸が滑って移動してしまい、到底自毛をしっかりと保持することのできる摩擦郡7を構成することのできないものである点において、ネット状素材のかつら本体は「適宜肉厚」の素材からなるものではない旨、また、三個のクリップが取り付けられているネット部分は「肉厚材料」に該当しないことを理由として、本件かつら一の構成Aは本件発明の構成要件aを充足しない旨主張する。

しかし、本件発明におけるかつら本体自体が控訴人が主張するような面状性、板状性を有するものに限定されているわけではないし、ネット材が「布材等の柔軟性に富む材料」であることは明らかであり、ネット状の素材であっても、柔軟性に富み、毛髪を植設したり、止着部材を付設することが可能な程度の肉厚を有するものであれば、前記「適宜肉厚」の素材からなるものということができるから、控訴人の右主張は採用できない。

(二) 本件かつら一の脚片7’は本件発明の摩擦郡7に相当し、本件かつら一の前記構成B、C、Dのとおり、本件かつら一のクリップ3’は、反転性能を有する彎曲反転部材5’と、該彎曲反転部材5’に間隔をあけて櫛歯状に連設された八本の櫛歯状突片6’と、前記彎曲反転部材5’の反転運動に伴って前記八本の櫛歯状突片6’と係脱する脚片7’と、から構成されている。

したがって、本件かつら一の構成B、C、Dは本件発明の構成要件b、c、dをそれぞれ充足する。

(三) 前記のとおり、本件かつら一は、前記各突片6’が彎曲反転部材5’の反転に伴い倒伏したとき、脚片7’との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成となっているから、本件かつら一の構成Eは本件発明の構成要件eを充足する。

これに反する控訴人の主張は採用できない。

(四) 本件発明の部分かつらが女性用部分かつらを排除するものでないことは前記のとおりであるから、本件かつら一の構成Fは本件発明の構成要件fを充足する。

2  本件発明と本件かつら二とを対比する。

(一) 本件かつら二のシリコンにより形成された人工皮膚部分2a’からなるかつら本体2’は、本件発明にいう「柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなる」ものに該当するものと認められる。

そして、本件かつら二のクリップ3’が本件発明の止着部材3に相当することは明らかであり、本件かつら二のかつら本体2’の表面には多数の毛髪4’が植設され、かつら本体2’の裏面の外周縁部には二個のクリップ3’が付設されている。

また、本件発明における部分かつらは女性用部分かつらを排除するものではない。

したがって、本件かつら二の構成Aは本件発明の構成要件aを充足するものというべきである。

(二) 本件かつら二の脚片7’は本件発明の摩擦部7に相当し、本件かつら二の前記構成B、C、Dのとおり、本件かつら二のクリップ3’は、反転性能を有する彎曲反転部材5’と、該彎曲反転部材5’に間隔をあけて櫛歯状に形成連設された一〇本の突片6’と、前記彎曲反転部材5’の反転運動に伴って前記一〇本の櫛歯状突片6’と係脱する脚片7’と、から構成されている。

したがって、本件かつら二の構成B、C、Dは本件発明の構成要件b、C、dをそれぞれ充足する。

(三) 前記のとおり、本件かつら二は、前記各突片6’が彎曲反転部材5’の反転に伴い倒伏したとき、脚片7’との間に脱毛部周辺の毛髪を挟圧保持する構成となっているから、本件かつら二の構成Eは本件発明の構成要件eを充足する。

(四) 本件発明の部分かつらが女性用部分かつらを排除するものでないことは前記のとおりであるから、本件かつら二の構成Fは本件発明の構成要件fを充足する。

3  したがって、本件かつら一及び本件かつら二は、いずれも本件発明の技術的範囲に属するものであって、控訴人の本件かつらの製造、販売行為は本件特許権を侵害するものである。

第二  本件意匠権侵害の成否及び控訴人標章の使用差止請求等について

一  《証拠略》によれば、請求の原因二1の事実が認められる。

二  《証拠略》によれば、控訴人は、控訴人標章一を平成元年九月三日以降、控訴人標章二を平成三年一月八日以降、控訴人標章三を同年九月八日以降、控訴人標章四を平成元年七月一日以降、いずれも平成四年八月までの間、右各控訴人標章を、その販売する女性用かつらを特定する呼称として使用し、右かつらに関する広告、パンフレット等に控訴人標章を付して展示または頒布などしたことが認められる。

三1  本件商標権の各商標と控訴人標章とを対比する。

(一) 控訴人標章一は、本件商標権1の商標「かえで」と称呼が同一であって、類似していることは明らかであり、また、控訴人の販売に係る女性用かつらは本件商標権1の指定商品に該当する。

(二) 控訴人標章二は、本件商標権2の商標「すいれん」と称呼が同一であって、類似していることは明らかであり、また、控訴人の販売に係る女性用かつらは本件商標権2の指定商品に該当する。

(三) 控訴人標章三は、本件商標権3の商標「フリージア」と同一であり、また、控訴人の販売に係る女性用かつらは本件商標権3の指定商品に該当する。

(四) 控訴人標章四は、本件商標権4の商標「フィーリング」と同一であり、また、控訴人の販売に係る女性用かつらは本件商標権4の指定商品に該当する。

したがって、控訴人標章の使用行為は本件商標権を侵害するものであり、控訴人に対し、その販売するかつらにつき控訴人標章の使用の差止め、右標章を付したかつら及びその容器、カタログ、宣伝用パンフレットの廃棄を求める被控訴人の請求は理由がある。

2  控訴人は、控訴人が新聞紙上の広告で使用した「水蓮」、「楓」、「フリージア」、「フィーリング」などの語は女性の頭に装着した女性用かつらを含めた全体の髪形を各年の流行等に従って様々にセットしたヘアースタイルイメージ(ムード)を表す名称として使用していたものであり、これらの語を標章とみるとしても、控訴人の業務形態やその女性用かつらに関する営業の実態からすれば、控訴人が提供するサービスに関する標章であるというべきで、女性用かつらという物品に使用される標章とはいえないとして、控訴人標章の使用は本件商標権を侵害するものではない旨主張し、乙第九号証ないし第一一号証には右主張に沿う記載があるが、《証拠略》によれば、控訴人標章をその販売に係る女性用かつらを特定する呼称として使用していたことは明らかであり、控訴人の右主張は採用できない。

第三  損害賠償請求について

一  控訴人は、本件特許権及び本件商標権の前記各侵害について過失があったものと推定される(特許法一〇三条、商標法三九条)ところ、この推定を覆すに足りる証拠はない。したがって、控訴人は、本件特許権及び本件商標権の侵害により被控訴人の被った損害を賠償すべき義務がある。

二  特許権侵害による損害額について

1  弁論の全趣旨(被控訴人は、控訴人の本件かつら一、二の売上額について、昭和六一年四月から昭和六三年一二月までの分として五億二三五〇万円、平成元年分として四億四七〇〇万円、同二年分として四億六八〇〇万円、同三年分として五億二二六〇万円、同四年一月から八月までの分として四億〇四一四万円を主張しているところ、控訴人は、右各期間における女性用部分かつらの売上額について、昭和六一年四月から昭和六三年一二月までの分として五億二二四三万円(総売上高八億七二五〇万円×六一・一%×九八%。一万円未満切り捨て)、平成元年分として三億六六六三万円(総売上高七億〇一九四万七七八九円×五三・三%×九八%)、同二年分として四億三〇二三万円(総売上高七億七一五五万四八九二円×五六・九%×九八%)、同三年分として五億八一〇四万円(総売上高八億七〇六三万〇一三四円×六八・一%×九八%)、同四年一月から八月までの分として四億一四四五万円(総売上高六億六四九六万一三五九円×六三・六%×九八%)をそれぞれ計上していること)、及び、叙上認定したところにより、右女性用部分かつらは本件かつら一、二のことと認められることによれば、控訴人の本件かつら一、二の売上額は、昭和六一年四月から昭和六三年一二月までが五億二二四三万円、平成元年が三億六六六三万円、平成二年が四億三〇二三万円、平成三年が五億二二六〇万円、平成四年一月から八月までが四億〇四一四万円、合計二二億四六〇三万円と認めるのが相当であり、被控訴人主張額のうち右額を超える売上があったことを認めるに足りる証拠はない。

2(一)  被控訴人は、主位的に、特許法一〇二条一項に基づいて、控訴人が本件特許権の侵害行為により受けた利益額相当の損害額を算出し、控訴人の本件かつら一、二の販売による利益率を一六パーセントと主張しているところ、《証拠略》によれば、右利益率は被控訴人が通常得ているものであることが認められ、控訴人が、原審裁判所のした文書提出命令に従わず、本件かつら一、二の製造、販売による利益を直接的に算定し得る帳簿類を提出していないからといって、被控訴人の右利益率を控訴人にそのまま適用するのは相当ではないものというべきである。

ところで、《証拠略》によれば、控訴人は、女性用かつらの製造・販売、美容業務、育毛業務、シャンプー等小口商品の販売を業とする会社であることが認められるところ、《証拠略》によれば、控訴人が作成した「試算表・損益計算書」には、平成元年一月から同年一二月まで、平成二年一月から同年一二月まで、平成三年一月から同年一二月まで、平成四年一月から八月までの控訴人の各売上高、売上原価、販売費・一般管理費、営業利益につき、次のとおり記載されていることが認められる。

〔平成元年一月~一二月〕

売上高 七億〇一九四万七七八九円

売上原価 六九八八万〇七九三円

販売費・一般管理費 六億一九七四万七二四〇円

営業利益 一二三一万九七五六円

(利益率 一・七六パーセント)

〔平成二年一月~一二月〕

売上高 七億七一五五万四八二九円

売上原価 七一三四万〇三一三円

販売費・一般管理費 六億七九五五万〇一九四円

営業利益 二〇六六万四三二二円

(利益率 二・六八パーセント)

〔平成三年一月~一二月〕

売上高 八億七〇六三万〇一三四円

売上原価 四億〇八〇五万八一二九円

販売費・一般管理費 四億三二九四万一〇二九円

営業利益 二九六三万〇九七六円

(利益率 三・四〇パーセント)

〔平成四年一月~八月〕

売上高 六億六四九六万一三五九円

売上原価 二億九五一〇万四九五四円

販売費・一般管理費 三億六二九〇万七六九五円

営業利益 六九四万八七一〇円

(利益率 一・〇四パーセント)

しかしながら、右各金額は控訴人の営業全体に係るものであって、右各利益率に基づいて本件かつら一、二の製造、販売による利益を算出することは相当ではないのみならず、控訴人が購入した物品の請求書、納品書が証拠として提出されているものの、右各売上高、売上原価、販売費・一般管理費の各明細を裏付ける具体的な資料はなく、前記乙各号証の記載はたやすく措信することができない。

控訴人は、事実摘示欄の「第三 請求の原因に対する認否及び反論」の三1に記載のとおりの手法により利益額を算出して主張し、乙第二七号証及び控訴人代表者尋問の結果中には、右主張に沿う記載及び供述がある。

しかし、右記載及び供述の基礎となっている前記乙各号証自体、前記のとおり措信し難いものであって、控訴人の営業利益が控訴人の主張のとおりであったものと認めることはできない。また、控訴人の計算方法によると、部分かつら一個当たりの人件費と材料費を算出し、これにより、材料費が部分かつら一個当たりに対して占める割合を算出し、その割合を部分かつらの営業利益額に乗ずれば、ヘアーメイク料を除いた部分かつら自体の利益額が得られるというものであるが、営業利益は人件費等の経費を控除して算出されるものであるから、その営業利益から更に人件費を控除することになる控訴人の主張は人件費を二重に考慮することになって不合理である。更に、控訴人代表者は、部分かつら一個の販売価格(平均約四八万円)の中に、ヘアーメイク料として一三万円余が含まれている旨供述しているが、右供述は、《証拠略》に照らしても信用できない。

したがって、前記控訴人の主張に沿う乙第二七号証の記載及び控訴人代表者の供述は採用できない。

結局、本件かつら一、二の製造、販売による利益率を認定し得る証拠はなく、控訴人が前記認定額の本件かつら一、二を売り上げたことによって得た利益を算出することはできない。

したがって、特許法一〇二条一項に基づく被控訴人の主位的主張は理由がないものというべきである。

(二)  そこで、予備的主張について検討する。

本件特許権の実施に対し通常受けるべき金銭の額を算定するための実施料率についても、他に拠るべき資料がないので、当裁判所に顕著な国有特許権実施契約書(官有特許運営協議会決定、昭和二五年二月二七日特総第五八号、改正昭和四二年五月二六日特総第五三三号、改正昭和四七年二月九日特総第八八号、特許庁長官通牒)の「実施料算定方式」を参照することとし、これによれば、実施料率は、「実施料率=基準率×利用率×増減率×開拓率」の算式によって求められる。そして、販売価格を基礎として実施料を算定する場合の基準率は、実施価値の上、中、下により、四パーセント、三パーセント、二パーセントの中から選択される。

しかして、《証拠略》によれば、本件発明の実施価値は「上」と認めるのが相当であり、基準率を四パーセントとするのが相当である。そして、利用率、増減率及び開拓率については、いずれも一〇〇パーセントから減ずべき特段の事情も認められないから、それぞれ一〇〇パーセントとする。そうすると、本件発明の実施料率は四パーセントとなるから、本件かつら一、二の前記売上額合計二二億四六〇三万円に右四パーセントを乗じると、八九八四万円(一万円未満切り捨て)となる。

したがって、被控訴人は控訴人に対し、特許法一〇二条二項に基づき、控訴人の本件特許権侵害行為により受けた損害の額として右八九八四万円の賠償を請求することができる。

3  控訴人は、消滅時効の起算点は権利を行使することは期待ないし要求することができる時期と解すべきであるとしたうえ、被控訴人は、遅くとも昭和六一年四月頃には、控訴人の部分かつらに関する宣伝について承知していたのであるから、権利行使することを期待できたものということができ、したがって、昭和六一年四月を消滅時効の起算点とすべきであり、本件訴訟提起までに消滅時効期間(三年)が経過した昭和六一年四月から平成元年八月までの損害賠償請求権については消滅時効が完成している旨主張する。

しかし、民法七二四条にいう「損害を知る」とは、損害の発生事実とともに、加害行為が不法行為に当たることをもあわせ知ることが必要であると解すべきところ、《証拠略》には、「同社(注 控訴人のこと)は、昭和六一年四月頃の新聞紙上において、かつらに特殊ピンを使用している旨宣伝しており、また、当社の特許を侵害している製品を販売しているという情報はその頃から入手しておりましたが、前記のとおりこの種のかつらの販売は秘密にされるものですから、その確証を得ることがなかなか難しく、当社としても慎重に調査を続行しておりましたところ、平成四年三月ころ、横浜市中区曙町一丁目三番地伊勢佐木町ハイタウン二Fアートヘアー横浜店において販売された別添写真のかつらを入手して調べたところ、前記特許発明の特殊ピンと同じものを備えており、当社の前記特許権を侵害していることが判明したのです。」と記載されていることが認められ、この記載によれば、被控訴人が控訴人の本件特許権侵害の事実を知ったのは平成四年三月頃であると認められる。

したがって、控訴人の前記主張は理由がないものというべきである。

三  商標権侵害による損害額について

控訴人の昭和六一年四月から平成四年八月までの間の売上額は合計三八億八一五九万四一一一円の限度において当事者間に争いがなく、控訴人において右額を超える売上げがあったことを認めるに足りる証拠はない。

弁論の全趣旨によれば、右売上額に対する控訴人標章一ないし四の利用率は各一パーセント程度であり、また、本件商標権1ないし4の実施料率は、売上額のそれぞれ一パーセントと認めるのが相当である。

したがって、右期間中の実施料相当額は一五五万円(三八億八一五九万四一一一円×〇・〇一×〇・〇一×四。一万円未満切り捨て)となり、被控訴人は控訴人に対し、商標法三八条二項に基づき、控訴人の本件商標権侵害行為により受けた損害の額として右一五五万円の賠償を請求することができる。

第四  結論

以上のとおりであって、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し、その販売するかつらにつき、別紙標章目録一ないし四記載の標章の使用の差止め、右標章を付したかつら、その容器、カタログ及び宣伝用パンフレットの廃棄、損害賠償金九一三九万円及びこれに対する平成四年九月二六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべきであり、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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